放送が終わって十年以上経つのに、その神社の絵馬掛けには今もアニメのキャラクターが描かれた絵馬が並んでいるという。埼玉県久喜市、旧鷲宮町にある鷲宮神社の話だ。『らき☆すた』の放送は2007年。それから二十年近くが経とうとしているのに、この町と作品の縁は切れていない。
この手の話は鷲宮に限らない。大洗、沼津、飛騨、秩父——作品の舞台になった町を検索すると、放送終了後も何年も「聖地巡礼」という言葉とともに語られ続けている場所がいくつも出てくる。番組が終われば話題も潮が引くように消えていくのが普通だとすれば、これはちょっと不思議な現象だ。なぜ町の側は、作品が終わった後もその関係を手放さずにいるのか。そして、しばしばニュースで見かける「経済効果◯億円」という数字は、いったい何をどう数えて出てきたものなのか。今回はその二つを、手元にある事実の範囲でゆっくり眺めてみたい。

鷲宮で起きたこと
聖地巡礼という言葉が今の意味で広く使われるようになった起点として、たいてい引き合いに出されるのが鷲宮神社である。『らき☆すた』の作中に登場する神社のモデルとされたことから、放送直後の初詣にファンが押し寄せた。埼玉県警の調べとして報じられたところでは、放送前の2007年の初詣参拝者数は正月三が日でおよそ13万人だったのに対し、翌2008年にはおよそ30万人まで伸びた。増加はその一年で止まらず、2009年には42万人を数えたと伝えられている。その後も40万人台後半で推移したとする記述が地元の年表には残っている。
この数字は、賽銭箱の横に人を立たせて正確に数えたような統計ではない。警察や地元がまとめた集計を報道が引く形で広まったものであり、数え方や基準が年によって同じだったかどうかもはっきりしない。それでも、ひとつの神社の三が日の人出が数年で三倍以上になったという規模感そのものは、それまで誰も本気で想定していなかった出来事だったはずだ。だからこそこの一件は、後に続く町おこしの「元祖」として繰り返し参照されることになった。数字の精度を疑いながらも、起きたこと自体は疑いようがない、という珍しい位置づけの事例だと思う。
面としての広がり
鷲宮の一件が単発の驚きで終わらなかったのは、その後いくつもの町が似た経験を重ねたからだ。2012年秋から2013年にかけて放送された『ガールズ&パンツァー』は、舞台となった茨城県大洗町に大きな変化をもたらした。放送後、地元の恒例行事であるあんこう祭の来場者数が過去最多を更新したと報じられている。具体的な人数までは各報道でまちまちだが、地域の祭りがアニメの後押しで最多記録を塗り替えたという構図は、鷲宮とはまた違う形の「聖地」の作られ方を示していた。
2016年放送の『ラブライブ!サンシャイン!!』は静岡県沼津市を舞台にし、同じ年に公開された映画『君の名は。』は岐阜県飛騨市の図書館などを観客が訪ね歩く先として広く知られるようになった。少しさかのぼれば、2011年放送の『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の舞台になった埼玉県秩父市も、同じ流れの中で語られることが多い。
こうして並べてみると、鷲宮からおよそ十年足らずのあいだに、聖地巡礼は一つの町の偶然の出来事から、ある程度型の見えるパターンへと変わっていったことがわかる。放送前から自治体や商工会が制作サイドと連絡を取り、舞台探訪マップを用意し、コラボイベントを組む。そういう準備を織り込んだ上で作品を迎える町が増えていった。ファンの熱量に町の側が後から気づいて対応するのではなく、最初から想定して受け止める体制ができていったということだ。
「経済効果◯億円」はどう作られるのか
こうした事例が報じられるとき、決まって添えられるのが「経済効果◯◯億円」という試算だ。ここでいったん、その数字がどう作られているのかを見ておきたい。
一般に経済効果の試算は、二段階でできている。まず、聖地巡礼で訪れた人が実際に使ったお金——交通費、宿泊費、飲食代、グッズや土産の購入額——を足し合わせる「直接効果」。次に、その支出が飲食店や宿泊業から仕入れ先や従業員の給料へと巡り巡って波及していく分を、産業連関表という統計の仕組みを使って推計する「波及効果」。自治体の分析資料では、この波及分をさらに、原材料や仕入れをたどっていく一次波及効果と、増えた雇用者所得が新しい消費を生む二次波及効果に分けて計算するのが通例だ。ニュースで見かける大きな数字は、たいていこれらを足したものになる。
問題は、この計算の途中にいくつもの「仮定」が入り込むことだ。何人が訪れたと数えるか。その何割が作品目当てだったと見なすか。ひとり当たりの支出額をどの地域の平均値で置くか。波及の連鎖をどこまで広げて計算するか。同じ元データからでも、前提の置き方次第で結果は何倍にも振れうる。だから「経済効果◯億円」という一文だけを見て、それがどれくらい確からしい数字なのかを判断するのは、実はかなり難しい。試算そのものが無意味だという話ではなく、数字の背後にある前提を一緒に確かめない限り、その大きさに一喜一憂しても仕方がないという、わりと地味な話である。
数字より確かなもの
経済効果の試算が心もとないものだとしても、聖地巡礼という現象そのものが実体を持たないわけではない。むしろ数字より確かに見えるのは、リピーターの存在と、町と訪問者のあいだにできていく関係の方かもしれない。一度きりの祭りの人出ではなく、何年も通い続けるファンがいて、地元の店主とも顔なじみになっていく。そうした継続的な関わりは、産業連関表には乗りにくいが、町にとっては数字以上に効いている実感があるのだろう。
この現象を制度として受け止める動きも生まれた。2016年に設立された一般社団法人アニメツーリズム協会は、KADOKAWAなどの参画のもとで、「訪れてみたい日本のアニメ聖地88」を毎年選定・発表している。個々の町が単独で手探りしていた聖地巡礼という現象を、業界横断で認定し、まとめて発信する仕組みができたということだ。選ばれること自体が観光資源になるという、少しねじれた構造もそこには生まれている。
業界団体公式の討論動画 【アニメ&まんが 聖地SUMMIT】参加地域紹介&パネルディスカッション 上で触れたアニメツーリズム協会の公式チャンネルに上がっているパネル討論。本文で扱った町とは別の自治体の実務者が「聖地」の受け入れを語る回で、タイトルと概要欄で内容を確認して選んだ。選定は編集部の独立した判断で、紹介先との広告・金銭関係はありません。(YouTubeで開きます)巡礼が続くための条件
もちろん、いいことばかりというわけでもない。私有地への無断立ち入りや、住民の生活圏での撮影マナーをめぐる摩擦は、聖地巡礼を語るときにたびたび話題になる。これはファンの熱意そのものが悪いという話ではなく、観光地として想定されていなかった場所に、想定を超えた人数が訪れることで生じる、どこにでも起こりうる摩擦だと捉えた方が実情に近いと思う。
もうひとつの条件は、作品が終わった後の持続性だ。放送直後の熱は、多くの場合いずれ落ち着く。そこから何年も通い続けてもらえるかどうかは、初詣客数のような瞬間風速の数字ではなく、町の側がその関係をどう育てていくかにかかっている。鷲宮から大洗、沼津、飛騨、秩父と続いてきた事例を見比べると、うまく続いている町ほど、経済効果という一時の数字より先に、訪れる人との地道な関係づくりを大事にしてきたように見える。
「経済効果◯億円」という見出しは、わかりやすく強い。でもその数字が実際にどう組み立てられたのかを一緒に確かめてみると、案外あやふやな仮定の積み重ねだったりする。それでも町に人が通い続けているという事実だけは、どんな試算よりも動かしようがない。数字を疑いながら、その先にある小さな継続を面白がる。聖地巡礼というテーマは、そういう見方によく向いていると思う。
参考(公式サイト)
- 一般社団法人アニメツーリズム協会(訪れてみたい日本のアニメ聖地88)— https://animetourism88.com/
- 大洗観光協会 公式サイト — https://www.oarai-info.jp/
- 久喜市 公式サイト — https://www.city.kuki.lg.jp/