フラットでポップなベクター調で、漫画喫茶・ネットカフェの個室ブースと本棚、電子端末やシャワー・ドリンクバーを示すアイコン。電子書籍時代の業態を対比する構図。読める文字や数字、ロゴは入れない

「電子書籍やスマホがあれば漫画喫茶はいらないのでは」という声は、以前から繰り返し語られてきた。実際、紙の出版市場は縮小が続き、電子コミックの市場規模は年々伸びている。それでも漫画喫茶・ネットカフェという業態が消えずに残っている以上、そこには「漫画を読む場所」という一言では説明しきれない役割があると考えるほうが自然だろう。本稿では、この業態が提供してきた価値を要素ごとに分解し、電子書籍との関係、業態がどう多様化してきたか、どんな課題を抱えているかを、確認できる範囲の事実から順に整理してみたい。特定のチェーンを比較して優劣を論じることはせず、あくまで業態全体の構造として見ていく。

個室・仮眠・シャワー、もうひとつの居場所

現在の大型店舗を見ると、漫画や雑誌の蔵書に加えて、個人用の個室ブース、仮眠スペース、シャワールーム、ドリンクバー、Wi-Fiや電源を備えた席が標準的な設備として並んでいることが多い。業界団体である一般社団法人日本複合カフェ協会は、こうした店舗を「複合カフェ」と呼んで統括している。協会が2001年6月に設立されたときの当面の目的は、家庭用テレビゲームソフトの上映許諾を得ることだった。店内でのゲームソフト利用は「業務利用」にあたり著作権者へ使用料を支払う必要があるため、協会は許諾システムを運営し、加盟店には使用料の割引を適用している。定款は「各行政機関との対応を協会一本化し」とうたっており、警察や官公庁との交渉窓口をまとめる役割も担ってきた。2014年7月には一般社団法人へ移行している。ゲームソフトの許諾から行政対応までを一つの団体が引き受けてきたこと自体が、漫画喫茶が単独の飲食店というより複合的な業態として扱われてきたことを示していると見てよいだろう。

宿泊の代替としての顔

この「複数の機能」のなかには、宿泊の代替としての利用も含まれる。厚生労働省が2007年8月に公表した調査は、全国の24時間営業インターネットカフェ・漫画喫茶等の店舗を対象に実態を確認したもので、オールナイト利用者は1日あたり全国で約6万900人、その利用理由のうち「住居がなく寝泊まりするために利用」が7.8%を占めた。これとは別に、週の半分以上を寝泊まりに使う常連的な住居喪失者は全国で約5400人、そのうち非正規労働者が約2700人と推計されている。報告書はこの5400人について、利用者数に7.8%を掛けた値にはならないと注記している。1日あたり何人が使ったかという数え方と、そこに常連として何人いるかという数え方は、別のものだからだ。この調査結果は「ネットカフェ難民」という呼び方とともに広く報じられ、東京都福祉保健局が2016年から2017年にかけて実施した後続調査でも、都内のオールナイト利用者のうち住居を失った状態にある人が1日あたり約4000人、そのうち派遣・契約・パートなど不安定な雇用で働く人が約3000人にのぼるとされている。いずれも一部の利用者を対象にした推計値だが、個室と長時間滞在が可能な料金体系が住まいの代わりとして選ばれる場面があること自体は、複数の公的調査が確認している。

読み放題と、そこにある本棚の違い

紙と電子を合わせた出版市場は、全国出版協会・出版科学研究所の集計によると、2023年が前年比2.1%減の1兆5963億円、2024年が同1.5%減の1兆5716億円と、縮小基調が続いている。内訳を見ると紙の出版はそれぞれ6.0%減、5.2%減と落ち込む一方、電子出版は6.7%増、5.8%増と伸びを保っており、その大半を電子コミックが占めている。スマートフォン一つで読み放題サービスにアクセスできる環境が広がったことは、わざわざ店舗に足を運んで漫画を読む理由を、以前より弱くしている面はあるだろう。

ただし、電子書籍サービスと漫画喫茶の本棚は、同じ「漫画を読む手段」であっても性質が異なる部分がある。読み放題サービスは自分の端末でいつでも読める即時性が強みだが、あらかじめ何を読むか決めていない状態で棚を眺め、目に留まった作品を手に取るという体験は、検索やレコメンドを起点にした電子サービスの使い方とはやや異なる出会い方になりやすい。個人では揃えにくい長期連載の全巻を一気に読み通せることや、画面ではなく紙の実物を手に取ることそのものを目的にする利用者がいることも、この業態が電子書籍と単純な代替関係だけでは語れない理由として考えられる。

複合カフェ化がもたらした多機能空間

「漫画喫茶」という呼称が今も使われる一方で、業界の内側では「複合カフェ」という言い方が定着して久しい。飲食やドリンクバーの充実、ダーツやビリヤードといった娯楽設備、Wi-Fi環境を前提にした作業スペースとしての利用など、単に漫画を読む場所から、時間単位で滞在すること自体に価値を持たせる方向へ業態が広がってきた経緯がうかがえる。利用目的をたずねた調査もある。アイシェアが2009年に20代から40代の男女513人を対象に行った調査では、インターネット利用以外にネットカフェ・漫画喫茶を利用する主な目的は「漫画を読みに」が53.8%で最も多かったものの、「1人で暇つぶしに」が51.3%とほぼ肩を並べ、「複数人で暇つぶし」31.3%、「休憩」26.7%、「宿泊」20.5%が続いている。17年前の調査であり現在の傾向をそのまま示すものではないが、漫画以外の目的で足を運ぶ層が当時からすでに厚かったことはうかがえる。

セルフ化・無人化という新しい選択

近年は、店員を置かず、スマートフォンのアプリや会員証で入退店・決済を完結させる無人型・セルフ型の店舗運営を取り入れる動きも見られる。人件費を抑えながら24時間営業を維持しやすくなる一方、利用者にとっても他人との接触を最小限にして過ごせる点が支持される要因になっているようだ。これと似た発想の完全無人カフェが、漫画喫茶とは別の業態として近年登場している。名古屋発の無人カフェチェーンは2022年1月に1号店を出したのち、2025年2月時点で名古屋と大阪などに35店舗を運営するまでになったと報じられた。両者は運営会社も系譜も異なるが、「静かに一人で、時間単位で過ごせる空間」への需要という点では重なり合う部分があると見てよいだろう。

賃料・本人確認・利用目的の変化

業態を維持するうえでの課題として、まず挙げられるのが立地と賃料の負担だ。個室ブースや仮眠スペース、シャワールームまで備えるとなると、一定以上の床面積が必要になり、駅前や繁華街など人通りの多い立地ほど賃料負担も重くなりやすい。帝国データバンクの調査では、2020年度(2020年4月〜2021年2月)に、漫画喫茶やネットカフェなど複合カフェ事業を主力とする企業の倒産が累計10件にのぼり、集計時点で年度ベースの過去最多を更新したと報告されている。コロナ禍の休業要請や時短営業の影響が大きいとされ、平時の経営環境を示す数字ではない点には注意が必要だが、家賃負担の大きい店舗型業態が来店者数の急減に弱いことを示す一例ではある。

制度面では、利用者の本人確認が課題であり、同時に対応策でもある。東京都は2010年3月に「インターネット端末利用営業の規制に関する条例」を可決し、同年7月1日に施行した。この条例により、店舗側には次のような対応が義務づけられている。

この条例は東京都が先行して定めたもので、同様の枠組みを設ける自治体は他にもあるとされるが、内容や運用は地域差がある可能性があり一律には扱えない。不正アクセスによる顧客データの不正入手や、他人を誹謗中傷する書き込みといったサイバー犯罪への対応として導入された経緯があり、業態の「開かれた滞在空間」という性格と匿名性を抑える必要性という、相反する要請の両方に応える運営が求められている状態と言える。

加えて、日本複合カフェ協会の加盟店一覧に並ぶ店舗数は、2026年7月の時点で722店である。店舗数の減少そのものは業界を扱う記事でもたびたび指摘されており、東洋経済オンラインは2025年4月の記事に「20年足らずで4分の1にまで店舗数が減少した『ネカフェ』」という見出しを掲げている。ただし過去の各年の加盟店数を協会の公表資料でたどることは本稿ではできなかったため、ここでは直近の実数と、減少が語られてきたという事実にとどめる。スマートフォンの普及で漫画やネット閲覧を別の場所で済ませられるようになったことが要因の一つとされるが、この数字は同協会加盟店を対象にした集計であり、非加盟の個人経営店なども含む業態全体を正確に表すものではない点も留意したい。

「本を並べる場所」から「滞在する空間」へ

ここまでの流れを整理すると、漫画喫茶・ネットカフェが電子書籍時代にどう存在意義を保とうとしているかを、単一の答えで説明するのは難しい。紙の出版が縮小し電子コミックが伸びるという大きな流れのなかで、「漫画を読める場所」という価値だけに頼れば、業態が縮小方向に向かうのは自然な帰結だろう。実際、加盟店舗数の減少や、コロナ禍における倒産件数の増加は、その圧力の表れの一つとして読める。

一方で、個室・仮眠・シャワー・作業スペース・宿泊の代替といった要素は、電子書籍サービスが代わりに提供できるものではない。複合カフェ化や無人化・セルフ化という業態の広がりも、蔵書の充実そのものより、時間単位で快適に滞在できる空間としての価値を高める方向に働いてきたように見える。こうした流れをまとめれば、この業態の重心が「本棚を並べる場所」から「一定時間、コストを抑えて快適に過ごせる空間」へと、少しずつ移ってきたという見方ができるだろう。もっとも、これは一つの整理の仕方にすぎず、立地や規模、運営方針によって実際の姿は店舗ごとに異なる。電子書籍時代の逆風のなかで生き残れるかどうかを一律に断じることはできず、今後も個々の店舗がどの機能に重心を置くかによって、結果は分かれていくと見るのが妥当だろう。