
「子どもにマンガを読ませていいのだろうか」——本棚に文字だけの本とマンガが並ぶとき、この問いは今も繰り返し口にされる。学習効果を強調する声もあれば、活字を読む力が育たないと案じる声もあり、どちらか一方に決着がついているわけではない。本稿では、マンガが読解力や語彙、知識に触れる「入り口」としてどう働きうるかを、断定を避けながら整理する。あわせて学習まんがと娯楽まんがでは担っている役割が違うこと、年齢や興味に応じた選び方、家庭で気をつけたい点にも触れていく。特定の作品や教育法を絶対視せず、目の前の子どもに合わせて考えるための材料として読んでもらえればと思う。
「マンガより本を読みなさい」と言われてきた歴史
「マンガばかり読んでいないで、たまには本を読みなさい」——こう言われた経験がある人は少なくないだろう。マンガと文字だけの本のあいだに序列を置く感覚は、学校や家庭のなかで長く共有されてきた。国語の授業で扱われるのは小説や説明文であり、マンガが正式な教材として並ぶことはまれだった。娯楽と教養を分けて考える発想そのものが、この序列を支えてきた面がある。
その一方で、マンガの扱いは最初から一様だったわけではない。歴史や科学の知識を物語のかたちで伝える「学習まんが」は、比較的早い時期から学校図書館や家庭学習の教材として受け入れられてきた。文字だけの本を読む気力が湧かない子どもにも手に取ってもらえる形式として、図書館の棚に並ぶことも珍しくなくなっている。娯楽としてのマンガと学習まんがとでは、最初から評価のされ方が違っていたとも言える。
読解・語彙・知識の「入り口」という指摘をどう読むか
マンガに学習効果があるかどうかは、教育関係者のあいだでも意見が一致しているわけではない。ただし、いくつかの立場から指摘されている点はある。米国の学校図書館関係者向けメディアでは、コミックやグラフィックノベルが筋書きや人物の心情、コマとコマのあいだで起きた出来事を読み手自身に補わせる形式であることから、読解力の向上や読書そのものへの愛着につながりうるという見方が紹介されている。ただし、この分野で条件をそろえた比較研究が十分に積み重なっているとまでは言い切れず、紹介されている効果の多くは実践者の観察や部分的な調査にとどまっている点には注意が要る。
日本国内でも、マンガの所持数と読書への態度のあいだに一定の関連を示すデータがある。文部科学省の「親と子の読書活動等に関する調査」では、マンガを151冊から200冊所持している児童・生徒のうち「本を読むことが好き」と答えた割合が92.6%と、9割を超えていたことが示されている。ただしこれは相関を示す数字であって、マンガをたくさん読んだ結果として本が好きになったのか、もともと本や活字が好きな子どもがマンガも多く持つ傾向にあるのか、その因果の向きまでは特定できない。
娯楽まんがと学習まんがは、同じ役割を担っていない
「学習効果」を語るとき、娯楽として楽しむために描かれたマンガと、知識を伝えることを主目的に作られた学習まんがを同列に扱うと、話がぼやけてしまう。歴史や科学を題材にした学習まんがは、複数の出版社が競うように刊行してきたジャンルで、監修者がついて史実の扱いに配慮している作品も少なくない。物語の骨格を借りながら、知識を体系立てて伝えることに重心が置かれている点が、このジャンルの特徴だ。
一方で、少年誌・少女誌に連載されるような娯楽作品は、まず読者を楽しませ、続きが気になる状態を作ることが目的であり、知識の習得はあくまで副産物にすぎない。ここで得られる語彙や知識は、作者が意図して盛り込んだ場合もあれば、舞台設定の副産物として自然に含まれている場合もある。全米の英語教育者団体であるNCTEは、ノンフィクション文学に関する声明のなかで、図解やマンガの形式をとる「グラフィック・ノンフィクション」を、ビジュアルリテラシー(視覚的な情報を読み解く力)を育てる文学形式のひとつとして位置づけている。学習まんがと娯楽まんがを対立させるのではなく、担っている役割の違いとして捉えたほうが実情に近い。
マンガというひとつの言葉でくくってしまうと、この役割の違いが見えにくくなる。「マンガを読ませるべきか」という問いを立てる前に、どちらの性質のマンガについて話しているのかを分けて考える必要がある。
年齢と興味に沿って選ぶという考え方
マンガを「入り口」として位置づけるなら、何を選ぶかは年齢や発達の段階によって変わってくる。未就学の子どもには、文字よりも絵を追うことで物語をつかむ絵本に近い形式が向いているという見方が一般的で、学習まんがのように文字量の多い形式は、小学校に上がって文字を読むことに慣れてから触れるほうが無理がないという意見もある。何歳から与えるのが適切かについて明確に一致した基準があるわけではなく、「9歳前後」を一つの目安に挙げる立場もあるが、これも唯一の正解として扱うべきものではない。
年齢以上に手がかりになりやすいのは、子ども自身がすでに何に関心を向けているかだ。恐竜が好きな子には恐竜を題材にした図鑑的なマンガ、乗り物が好きな子には乗り物を扱った作品というように、関心の延長線上にあるものを差し出すほうが手に取られやすい。海外の読書調査でも、子どもたちの多くが「自分で選んだ本」を好んで読んでいると答える傾向が示されており、大人が良かれと思って選んだ一冊よりも、子ども自身が棚から手に取った一冊のほうが読み進められやすいという傾向は、マンガに限った話ではないだろう。
選ぶ側が意識しておきたいのは、特定のシリーズや出版社の学習まんがを「これさえ読ませておけば間違いない」と絶対視しないことだ。監修の質や描かれ方の丁寧さは作品ごとに幅があり、同じ出来事でも力点の置き方が異なることがある。一冊で完結させようとせず、子どもの反応を見ながら次に手渡すものを変えていく、という緩やかな向き合い方のほうが実情に合っている。
画面との付き合い方と、押しつけないこと
マンガも紙の単行本だけでなく、スマートフォンやタブレットのアプリで読む機会が増えている。この場合に気をつけたいのは、マンガの中身そのものというより、画面を見続ける時間の長さだ。米国小児科学会(AAP)は、かつて年齢別に一律の時間制限を示していたが、2016年にその方針を改め、現在は「すべての子どもに当てはまる時間の上限は示さない」という立場を取っている。乳児期については、生後18か月未満は実世界のやりとりから最もよく学ぶため、一人で画面に向かう時間が長いと言語や社会性の発達に影響しうる、という考え方を示している。そのうえでAAPが勧めているのは、時間の長さだけを基準にするのではなく、その利用が睡眠や運動、読書や外遊び、家族との会話といった他の活動を押しのけていないかを見ることだ。画面越しの読書についても、この見方を頭の片隅に置いておきたい。
偏りについても、評価が分かれる論点だ。好きなシリーズや同じ作者の作品ばかりを繰り返し読むことを心配する向きもあれば、気に入ったものを繰り返し読むこと自体が、読む力や語彙を定着させる土台になるという見方もある。どちらか一方を正解として押しつける必要はなく、他のジャンルや形式にも自然に目が向くよう、選択肢を近くに置いておく程度の関わり方で十分だろう。
もうひとつ、家庭で意識したいのは「読ませ方」を子どもに押しつけすぎないことだ。「これを読みなさい」「マンガはここまで」と強く管理しすぎると、読書そのものが指示されてこなす作業に変わりかねない。マンガであれ文字だけの本であれ、読むことを楽しいと感じる経験を積み重ねるほうが、長い目で見た読書習慣にはつながりやすいという考え方は、多くの教育関係者のあいだで共有されている。
マンガを読書全体のなかでどう位置づけるか
マンガを読むことは、読書という営みの一部ではあっても全部ではない。全国学校図書館協議会が2025年に実施した「学校読書調査」(第70回)によれば、5月の1か月間に読んだ本の平均冊数は、小学生が12.1冊、中学生が3.9冊、高校生が1.4冊で、学年が上がるにつれて大きく減っていく傾向が続いている。1冊も読まなかった「不読率」も、小学生9.6%、中学生24.2%、高校生55.7%と学年とともに上がっており、もっとも、この調査でいう「本」に通常のマンガを含めるのかどうかは、公表されている結果のページには明記されていない。含まれていないとすれば、マンガをどれだけ読んでいても、この数字の上では読書量として反映されないことになる。
このずれをどう受け止めるかは立場によって分かれる。マンガを読む時間を、文字だけの本に移っていくまでの一時的な「入り口」と位置づける見方もあれば、マンガを読み続けること自体も一つの読書のかたちとして認めたほうがよいという見方もある。どちらの立場を取るにせよ、マンガだけを読んでいれば読書の役割がすべて満たされるわけではなく、図鑑や雑誌、文字だけの物語など、ほかの形式に触れる機会もあわせて用意しておくほうが、選択肢としては豊かになる。
「べきか」に一つの正解を押しつけない
「子どもにマンガを読ませるべきか」という問いに、単一の正解を出すことは難しい。読解や語彙、知識に触れるきっかけになりうるという指摘は複数の立場から示されている一方で、それを裏づける研究の蓄積はまだ発展途上であり、効果を保証する段階にはない。学習まんがと娯楽作品とでは担っている役割も異なり、「マンガ」という一語でまとめて語ろうとすること自体に無理がある。
実際に家庭や学校で判断するときの土台になるのは、特定の作品や教育法を絶対視せず、目の前の子どもの年齢や発達、そして何に興味を持っているかに沿って選ぶという姿勢だろう。画面との付き合い方に気を配りながらも、読むこと自体を無理強いしない。マンガを読ませるべきかどうかを問う前に、その子がどんなふうに読むことを楽しめているかを見ることのほうが、結局は近道になるのかもしれない。